農村襲撃

鹿田正夫さん(87)
=島根県浜田市=には
第39師団232連隊
第2小隊長の軍歴が
あります。

1943年、中国湖北省
当陽県の農村を襲撃する
討伐に、30人ほどを
率いて参加しました。

半日で200人以上殺戮

国民党軍が村を拠点に
しているとの
情報をつかみ

「殲滅できないか」
連隊長自ら指揮を執り
千人あまりで村を
包囲したのです。

この攻撃で殺害された
村民は200数十人。

わずか半日の殺戮でした

容赦なく銃殺

鹿田さんの小隊が
割り当てられたのは
6,7軒が集まった集落。

川沿いに数人の
兵を配置し
夜明けと共に
寝込みを襲いました。

食料を持ち出し
抵抗するものは
容赦なく銃殺。

あちらこちらから
叫び声があがり
川の方では逃げる村民に
軽機関銃で射撃しました

引き揚げるときも
村を焼き払いました。

中国人は人間以下と

「中国人は当時
人間以下だと
思っていたんです。

だから
平気で殺したり
焼き払ったりできた」と
鹿田さん。

殺しつくす
焼き尽くす
奪いつくす

これが
「三光作政策」でした。

■忘れられない場面

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