この「二大政党」づくりの動きの最大のピークは、2009年8月の総選挙で、念願の「政権交代」が実現した瞬間でした。 このときに最大瞬間風速がおきていた。 この動きはたちまち深刻な行き詰まりました。 国民が「政権交代」に託したのは、自民党政治を変えてほしいということでした。 実際に起こったことは、沖縄の米軍普天間基地問題、消費税増税問題、TPP参加問題と、自民党政治と「同じ道」に戻ることでした。
3月11日の大震災と原発事故は、人々に苦しみをもたらしています。 同時にこの危機は、国民の中に生まれた変化の流れを加速する一大転機にもなりました。 国民の政治や社会への見方、価値観、生き方についての大きな変化をもたらし、日本共産党との共鳴が広がり、新しい共同がさまざまな分野で広がっているではありませんか。 なぜ「政権交代」したのに、政治は変わらないのか。 その根本には、米国・財界いいなりという「二つの異常」がある。 このことを国民が見きわめ、閉塞打開の展望をつかむならば、日本の政治は大きく変わります。 客観的には変わる歴史的前夜にあります。 大きな展望をもって奮闘しようではありませんか。
上司から「今日は存分にごあいさつしてください」といわれました。 そこで、次のように語ったといいます。 「反共労務支配の厳しい差別のなかで自分の信念を曲げずに41年間生きてきました。 出世とか給料が上がったとかということとは無縁の人生だったけれども、自分の良心を守りとおせました。 人に恥じない生き方ができたと思っています。 そういう意味では幸せだったし、子どもたちにも黙って自分の背中を堂々と見せられる、そういう生き方をまっとうできたと思います」。 翌日からあいさつをしてくれる人たちが増えた。 上司からこういわれたそうです。 「あなたはぜひ職場に残ってほしい」、 「働き過ぎで心の病が後を絶たない。 広くみんなを見回して危ないなと思った人に声をかけてほしい。 心の病にならないようケアしてほしい」。 上司も、日本共産党員の値打ちを認めざるを得なくなったわけですね。
別の民間企業の毎年「模範従業員」の表彰で、「縁の下の力持ちとして役割を果たしている人」について、従業員からネット投票がおこなわれました。 第一組合で頑張っている日本共産党員が断トツの第1位となりました。 会社から金一封をもらったそうです。 表彰を受けた方は、 「さまざまな差別を受け排除されてきましたが、 『いいかげんな仕事はしない』 『仕事に穴を開けない』 と心がけてきました。 第二組合員からの相談にも真摯に相談にのってきました」と語っています。 差別・排除されながらがんばってきた日本共産党員が、労働者から仕事への真剣な態度、信念をまげない生き方に尊敬され、 会社からも頼りにされる存在になっている。 変化は、民間大経営でも深いところで起こっているではありませんか。 ◆ともに取組もう ◆89周年講演 |