共鳴を広げる党活動

 こうした国民の変化のなかで、一人ひとりの被災者の苦しみに心を寄せて奮闘する日本共産党の活動が共鳴を広げています。

 被災地での日本共産党員の奮闘です。
どこでも、日本共産党員が、自ら被災し、
かけがえのない家族や友人を失いながら、
救援・復興活動の先頭にたってがんばっている姿に接し、
胸が熱くなる思いでありました。

 大震災によって、49人の同志が命を落とし、10人が行方不明という犠牲をこうむりました。
「しんぶん赤旗」の読者、支持者の方々も失いました。

最後迄避難・誘導
及川議員の頑張り

地方議員では、
岩手県・陸前高田市の及川一郎市議会議員が亡くなりました。
菅原則勝岩手県委員長は、その状況について、つぎのように語っています。

 「3月11日、及川議員は、
重税反対集会に参加し、地震でデモ行進が中断してから、足取りが不明でしたが、意外なところからその動向がわかりました。
盛岡市内で党議員と支部のみなさんが募金活動をしているときに、
陸前高田から避難してきた人から
『及川さんは、
「津波だ、避難しろ! 逃げろ!」と
最後まで避難の誘導をしていた』と伝えられたのです。
その後、ショッピングセンターの非常階段のガレキの中から遺体で発見されました。
及川市議は、中里市政の8年間を支え、
2月に戸羽市政へと継続させる大きな役割を党の市議団長として果たしました。
地域の人は、
『いつもにこにこ笑い、
よく相談にのってくれ、
面倒見がよい人だった』と語っています。
不屈で、力強さ、思いやりをもった党員だったからこそ、
最後のがんばりと姿があったと思います」

 及川一郎同志の奮闘を、みんなで心に深く刻みたいと思います。

立党の精神を体現

 被災地の日本共産党員のみなさんが、
避難所で、
仮設住宅で、
破壊された漁港で、
地方議会で、
被災者救援の先頭に立ち、
切実な要求を掲げて政治を動かし、
住民の信頼を高めている。
「国民の苦難軽減のために献身する」という日本共産党の立党の精神を体現したものであり、
わが党の誇りであります。

 全国の日本共産党員と党組織は、
多くの民主団体の方々と共同で、救援募金やボランティアなど、
被災地と心を一つにした活動にとりくんできました。

義援金くれる
政党は初めて

 日本共産党に託された「震災募金」は、
8億8千万円を超えまして、
「党機関支援募金」は2億2千万円に達し、
合計で11億円という空前の規模となっています。

自治体、農協、漁協、商工会議所、商工会などにお届けしていますが、
感謝とともに驚きの声も寄せられています。
「カネを出せという政党はあっても、
義援金を届けてくれる政党には初めて出会った」
という声も少なくありません。

62回に亘って募金

 党のよびかけによるボランティア活動では、
全国からのべ1万1千人以上が現地にかけつけ、
民主団体のボランティアと共同して、被災者支援にとりくんでいます。

 ここには、多くのドラマがあります。

 「震災募金」の中央への振込用紙には、
心のこもった声がびっしりつづられています。
ある「しんぶん赤旗」の読者は、
これまで420円、520円と、62回にわたって
総額4万1208円の募金を送ってくださっています。
この方は、
「できる範囲で募金しよう。
共産党なら間違いなく救援に使ってくれる」と、
1日1000円と決めている食費などの残金を募金として、送金をつづけてくれています。

うれしい連帯の絆

 宮崎県綾町の若い姉妹は、宮城県の石巻市で、
救援物資を届け、
泥だし、炊き出しなどにとりくみました。
帰郷後、「まだまだ支援が足らない」との思いから、
地元の町長さんに、ボランティアの体験と現地の実情を切々と伝え、
「町として支援してほしい」と訴えました。
町側も、「口蹄疫のときには全国からお世話になりました。
協力させてください」と快諾しました。
被災地の党地区委員会と連絡をとり、
「いま住民がほしい物、不足している物」のリストをもとに、段ボール10箱の支援物資を送ったとのことであります。
日本共産党のボランティア活動がつくった
「人と人との連帯の絆」が、
「自治体と自治体との連帯の絆」につながったということは、
うれしいことではありませんか。

「苦しんでいる人びとがいたら、
いてもたってもいられない」。
こういう人々によって党が支えられていることは、うれしい限りであります。
私は、募金とボランティアへのご協力に心から感謝するとともに、さらに被災地への支援を発展させることを強く訴えたいと思います。

◆命守る不屈の闘い
◆89周年講演