中国人男性を生埋めに

「窒息する限界は3分。
寸前に掘り出せ!」
憲兵は若い日本兵等に
命令し、中国人男性を
生埋めにさせました。

「見ちゃいられなかった
苦しかったろう。
口いっぱいに土が
入って気絶していた」

林長太郎さん(84)
=千葉市=は、
1942年10月、江蘇省で
清郷工作と呼ばれる
作戦に従いました。

主な任務は、掃討後の
治安維持でした。
憲兵隊は新四軍捜索の
ために村人を
拷問しました。

日本軍は東洋鬼

憲兵は二人の女性を
後ろ手に縛って
木につるしました。

「白状」しないと、
その下で藁を
燃やしました。
中国人は日本軍の事を
「東洋鬼」と
呼んでいました。

降服を認めないで

45年8月18日、
日本降服から日目の
夜明けのことでした。
部隊は敗戦を信じずに
戦闘態勢を維持。

先兵を命令された林さん
は12人を連れて
部隊を誘導。

川を渡りきった時です。
「堤防を上がると目の前
に敵が潜んでいた」

銃声が鳴り響き、
林さんの右腰に銃弾が
三発命中。
丸太棒で殴られたように
倒れ込みました。

瞬間、林さんは無意識に
自殺用の手榴弾を
握っていました。
捕虜にならぬよう
自決するためです。
「軍人の精神」でした。

生きているいとおしさ

しかし、
次の瞬間別の想いが
沸き起こりました。

「手があり、足が動く。
生きていることの
いとおしさを
つくづくと感じた」。

林さんは敵陣地を突破。
味方の救援部隊に
助けられました。

野戦病院で麻酔の
無いまま手術。
三人がかりで抑えられ、
腰骨に引っかかった
弾をペンチで
えぐり出されました。

歯を食いしばって
こらえました。

■戦死最高の名誉と言い