「半ばは他人の幸せを 半ばは我が身の幸せを」少林寺 宗道臣師家のお言葉です。現代は自分の事を優先する余りに残酷な事件が起こっていますが、自分の幸せを願うように他人の幸せを願うならばこの世の中は平和になり理想郷が実現すると宗道臣師家は説かれました。縁ある人の幸せを願い自分も幸せになりましょう。合掌

(詩)「ホーホケキョ私の身なりは粗末ですめったに姿は見せませんお洒落な燕は唄えません姿や色は拙くともあなたの為に聞かせてあげますホーホケキョ神様に頂いたこの声を聞いて下さいホーホケキョ」
天は二物を与えずとか与えられた一つの取り柄に感謝して世のため人のために施す姿こそ生きる上ですばらしい事ではないでしょうか。合掌

今日も朝がやってきました朝という字を分解したら何という字になるでしょう正解は十月十日ですこれは私達が母親の胎内からこの世に誕生する日数ですこの命の誕生がり朝という字の意味です朝は命の始まり一日の始まりで今日から新年度の始まりです笑顔でスタートしませんか必ずあなたに幸運が来ます 合掌

。「四無量心」の教えがありそれは慈悲喜捨です人に楽を与える慈人に同情してその苦を抜く悲人を幸せにする喜全ての執着を離れた捨この四つを限りなく実践することで我々は仏に近づく事ができますこれは人に接する際に求められる心構えです。この時にあくまでも行き届いた温かみ、優しさが大切です今日も精一杯務めましょう。合掌

仏経語の一期一会(いちごいちえ)ついて。一生涯に巡り会う人を心より大切にするという教えです。今、出会った人と一生涯会えるとは限りません。だからこそこの時この瞬間を大切にし真心と誠意持って接していきたいものです。今日という日は二度ときません。今日もたくさんの人と出会い楽しい思い出をつくりましょう。合掌

仏教語に”日々是好日”(ひびこれこうじつ)という言葉があります。「毎日々が自分にとって好い日である」という意味です。ところが現実はそのような日ばかりではありません。一日を笑顔で過ごしても嫌な顔で過ごしても一日には変わりありません。それなら笑顔で一日を過ごした方が得です。この考え方で毎日を送る事が幸運に恵まれる近道です。さあ今日も笑顔でスタートしよう 合掌l

よく「祖で振り合うのも多少の縁」といいます。縁は「関係がある」や「まわりあわせ」の意味です。私達が今あるのは父親と母親が知り合うきっかけがあったからです。私達は生涯を通じ色々な人達と出会います。その人達に誠意を尽くし、その縁をたいせつにしてゆく事が財産になるでしょう。合掌

4月8日はお釈迦様の誕生日です。生まれて6歩半歩かれて「天上天下 唯我独尊」と唱えられたという伝えられています。これは「自分のようにえらい者はいない、我こそ国を治める指導者なり」という意味ではなく、「我々は生まれながらにして尊い身体、言葉、心を持って生まれてきているのであるから、生まれながらにして一人の仏として生まれてきている」という意味です。合掌

中道とはお釈迦様の教えの一つです。お釈迦様は出家され6年間苦行された末、それだけでは人は救えないと悟られました。ぜんざいの美味しさは砂糖と塩の塩梅がとれているから美味しいのです。それは仏道にもあてはまります。偏った修行よりどちらにも偏らない修行のほうが(中道)悟りも得られ、仏道の奥義が分かるという事です。これは毎日の生活にも言える事と思います。さあ今日もこの教えを胸に元気に行きましょう。合掌

お釈迦様の教えに「己こそ己のよるべ 己をおきてだれによるべぞ よく整えし己こそ まこと得難きよるべなり」と説いてあります。人はつい誰かを頼りがちです。でも頼る人がいなくなれば途方に暮れます。日頃より自分を拠り所にできる修行をしていればどんな時でも冷静に物事に対処してゆけるのです。これが自信になり豊かな人生を送れる元となります。さあ今日も明るく行きましょう。合掌

お釈迦様は「人生は苦しみである」と言ってあります。それから抜け出すには「正見」(しょうけん)を説いてあります。私達の目は片目では物を正確に見て、判断出来ません。両目で見てこそ物を正確に見て、判断出来ます。このようにして一つ一つを「納得」し「確かめる」これらが苦しみから抜け出す第一番目の道です。この教えを胸に今日を意義ある日にしましょう。合掌

昨日の続きでお釈迦様の説かれた「正思惟」(しょうしい)の教えがあります。正しく考え、思うという意味です。私達はつい人の話を真実と思い込んでしまいます。そこを自分で確かめ、判断する事が大切でこの教えの実践でもあります。この教えを胸に今日も明るくスタートしましょう。(つづく)合掌

前回の続きで3番目の教えに「正語」があります。正しい言葉を使うという意味です。私達はつい自分可愛さから嘘偽りの言葉、人をけなす言葉、人をもめさせる言葉、飾り言葉を口にします。此の行為は自分を不運にします。人にはプラス言葉を使い、人も自分も互いの運が向上するようにしたいものです。今日も運を向上させましょう。合掌

4番目の教えにに「正業」(しょうごう)があります。正しい行い、身体的行為の意味です。殺生、盗み、淫らな行為から離れる事とされています。まさに現代がそれにあてはまります。他人の命を救い、財物を施し、倫理、道徳を自ら行い、他人にもそれを行わせる事です。これらがあなたに幸運をもたらします。さあ、今日も元気に行きましょう。合掌

[ 祖聖大寺一口法話 ]
第五番目の教えは「正命」(しょうみょう)で、正しい生活の意味です。人は朝日が昇ると起き、活力ある一日を生き、日が沈むと眠りに入ります。このリズムの中で身体と言葉と心を清め、自然と仲良くしながら一日を送りたいものです。さあ今日も楽しく行きましょう。合掌

第六番目の教えに「正精進」(せいしょうじん)があり、正しい努力、正しい勇気を持つという意味です。現代は自分の得のみを追求する人が多いですが、損得より人が喜ぶことを進んでやる人もいます。このような人が多くなるとこの世が極楽になります。正しい努力、勇気は正しい考え、正しい言葉、正しい行いを実践する基礎です。さあ、今日も心軽やかに行きましょう。合掌

第7番目の教えは「正念」(しょうねん)で、正しい記憶、留意の意味です。よく人の何倍も努力して頂点に達した人が傲慢になり、その結果富も名誉も失った話を耳にします。我々は、そのような人にならないよう、人の意見に耳を傾け、常に自分自身を反省し、行動する事が大切です。今日も明るく行きましょう。合掌

8番目の教えは「正定」(しょうじょう)で、心が一つの事に集中している意味です。正しく精神統一する事です。心を鎮め、やるべき事に集中する事は僧侶は勿論、今を生きる私達にも大切な事です。
今まで8回にわたりお話しました事はお釈迦様の説かれた「八正道」(はっしょうどう)という教えです。
さあ、心を引き締め行きましょう。合掌

”かんしゃく”の”く”の字を取って”かんしゃ”かな という言葉があります。かんしゃくは人を遠ざけます。かんしゃは人を寄せ付けます。今日もかんしゃできるようにつとめ、人という財産をふやしましょう。合掌


”笑顔に拳(こぶし)当たらず”笑顔の人には、人を怒らせたり、緊張させたりする事はないのである。縁ある人は皆仲良うしんしゃいの世界です。さあ、今日も笑顔で出発だ。合掌

”男子別れて3日経たざれば 刮目して相対すべし”(孫子)とあり、”男は3日会わないだけで相手に慎重な態度で心を込めて対応しなければならない”の意味です。男だけに限らず、全ての人にあてはまります。こうなる近道はプラス思考で行動する事です。さあ、元気に行きましょう。 合掌

”力愛不二”(りきあいふに)これは力(厳しさ)と愛(優しさ)は二つ(別々)ではないという意味です。人は厳しさだけでは堅いだけで他人は敬遠する。反対に優しさばかりでも他人からは甘くみられる。やはり人は厳しさと優しさを兼ね備えてこそ真の人として値打ちがでてくるのです。
さあ、今日も目標に向かい進みましょう。合掌

”人の短を道うこと無かれ、己の長を説くこと無かれ”簡単にいえば人の長所を讃えると、人も喜び、自分も嬉しい。お互いが喜びあう事でこの世が、極楽になる。さあ、今日もこの心で生きて行こう。合掌