侵略戦争を賛美する中学校教科書(育鵬社版、自由社版)が、自民党による政治圧力の下、各地で採択されました。 日本軍は中国で何をしたのか、事実と向き合うことが今改めて問われています。 本吉真希記者
21歳だった1944年早春、衛星へ意図して中国山西省盂県で十軍司、30人ほどの分遣隊に派遣されました。 八路軍の情報を得るため、「めぼしい中国人を連行して拷問していた」といいます。 松本さんは大きく息を吐き出し、重い口を開きました。 「正座させた膝の裏に棒を挟んで、ももの上に大きな石を載せる。 水を飲ませて膨らんだ腹を押して吐き出させ、また飲ませる。 爪の間に針を突っ込んだりした。 最後に穴を掘らせ、その前に座らせて・・・・」 松本さんはそこまで話すと、刀を振り下ろすまねをした。 「刀の試し切りだよ」
八路軍の地雷を日本兵が踏まないようにするためでした。 ある時の討伐では、逃げ遅れた部落民がいました。 「その中の8人の婦人を兵舎に閉じ込め、『慰安婦』にした」 松本さんは元牧師で、従軍の前年、洗礼を受けました。 教会の牧師は松本さんに 「この戦争は必ず負ける」と語りました。
帰国後、自民党の「靖国神社法案」が問題に。 「英霊の業績」をたたえ、その「偉業を伝える」というものでした。 「討伐の目的は強盗、あわよくば強姦」という軍の悪行を「偉業」と賞賛する法案に、どうしても納得ができませんでした。 「自分を侵略戦争に駆り出した元凶は何であったのか」 天皇制国家や大日本帝国憲法、天皇や國のために命をささげる子どもを作り上げた教育勅語や軍人勅諭であったと気がつきました。 「戦争犯罪について話すのはつらいこと。 でも、言わんといかん。 現在は過去の上にあり、過去が将来の基盤でもあるからです」 11年11月5日 赤旗日曜版要約 ◆元日本兵が語る ◆平和への願い 今日はトップ |