ノーアウト一塁・二塁・・・、絶好のチャンスに打順が回ってきた。
ベンチを見る。監督のサインは送りバント。
かっ飛ばしたい気持ちをこらえて、きっちり三塁線へ転がす。
「ナイス、バントォ〜!」チームメイトの声。
1アウト二塁・三塁にして、後続に望みを託す。
いつも怒鳴ってばかりいる監督はグラウンドに目を向けたまま
「オーケー、いい仕事だ!」珍しく褒めてくれた。
なんとしても全員で1点を取りにいくのだ・・・。

野球が他のスポーツとは絶対的に違うところがある。
それは犠打があるってことだ。
自分を殺して、仲間を生かす・・・。
チームのために自己犠牲を払うのが野球なのだ。

もしスタメンに選ばれたら、まわりを見回してほしい。
マネージャーがいる、スコアラーがいる。
一塁と三塁にコーチャーがいなければ、思い切り塁を蹴って走れない。
スタンドではベンチ入りできなかった仲間が声を張り上げて背中を押してくれる。
グラウンド整備したり、ボールボーイでダッシュする後輩たちもいる。
いや、自己犠牲を払うのはチームメイトだけじゃない。

朝練や試合で早起きがつらいと思う自分よりも
もっと暗いうちから起きて弁当を作ってくれる母がいる。
応援に来られなくても「打ってこい!」と遠くで願う父がいる。

支えてくれる大勢の人たちに想いを巡らせて、打席に立つ選手は強い。
みんなの想いをつなげるために犠牲バントする。
戦う舞台は一発勝負のトーナメント。
どんなことをしても1点取って次の試合につなげたいから
自分を殺して仲間を生かすのだ。
そのプレーを、野球の神様はきっと見てくれている。
どこかでまた、大きなチャンスにして返してくれるはずだ。

野球で泣いたり笑ったり、そんな青春を謳歌する球児たち、
社会に出てもなお野球を心にがんばる人たち、
そして野球にたずさわる多くの方々に、
名監督や名選手の「野球の言葉」を贈りたい。
野球に青春を捧げることは、人生を学ぶに等しい。
だからだろう、野球を極めた名監督や名選手の言葉には
これからの人生を後押ししてくれる力強さがある。
ときに折れそうな心を支えてくれる優しさがある。
そうした「野球の言葉」は白球にのって
「ことだま」となってグラウンドに響くのだ。