【天地魂之御柱建立への道程】

平成4年5月22日、諏訪大社の『御柱』との劇的な遭遇から始まり、神山神域を巡る新たな人生の中から、世界の中心にして要たる日本列島の磁場を高め、やがて迫り来る変革の嵐から地球崩壊の危機を防ぐための、日本列島津津浦浦に大地を貫く大黒柱建立の大業を受諾し果たす中、新島において新たなる出来事がありました。

富士山山頂に【天之御柱】の建立された年の、平成7年9月末、実家新島に甥の結婚式に訪れた際、神社に参拝すると、前日の台風で島内の至るところで大木が倒されていて、神社の境内でも樹齢100年を越える桧の大木が横たわっていました。
日本全国に立てられる大黒柱の元に新島の石材が使用されているため、ふと石山の頂きにその柱を記念に立てたいと思い宮司さんに相談したところ、石山は村の管理だから難しいが、その下の小高い山の頂きにある神社の社領地なら大丈夫との事でした。
早速次の朝、子供の頃遊んだ事のあるその神社の神殿内に入り、神様に何処にたてたら良いかお伺いを立てました。
その時出た言葉が『日の本の扇の要の要点、この新島の如何なる場所に【地之御柱】(くにのみはしら)を建てたら宜しいでしょうか?』
そして、その瞬間突然地震が始まり、次の日にかけて4,000回に及ぶ地震が発生しました。

その後、社領地を見回し、さらに石山に登り、さらにまた十三社神社の裏山にあたる標高400メートルの宮塚山に登る。そこから見える中腹の拓けた台地を回って、再び桧の大樹の横たわる十三社神社境内に戻って来ました。
正にその場所が、『決められた場所』であった。

そして、老宮司を訪ねいきさつを語り、『この日の本の扇の要の要点である新島の、この社の木の倒れたあの場所に【地之御柱】を建てたいと思いますが如何でしょう。』と申し上げたところ、まさにえびす神の風貌の老宮司さん、非常に嬉しそうな顔をされて、深々と頭を下げられ、『此処に【地之御柱】を建てて頂けると世界中の皆さんがお参りに来ると思います。あなたに全てお任せ致しますので宜しくお願いします。』と答えられました。

そして、11月に入り建立のための資材を用意して島に渡ろうとして、宮司さんに電話を入れると、血相変えて電話にでられた。
あれから、色々な事があったそうです。
まず、9月末で神様を出雲に送り出す行事を済ませて床に着くと、神様から起こされ、昼間の桧も良いがまだあるだろうとの事で、広い境内を見て回ると、東南アジアでは神が宿ると言われる[オガタマ]の大木があり、根本から二本に別れたその木が、台風で地面に倒れんばかりになっていたとの事であった。それを見て二本[日本]が倒れかかっているから私に連絡しなくてはと電話するが、繋がら無かったそうです。
次の夜もまた神様に起こされ、まだ有るだろうとの事で、また森の中を歩くとさらに大きなオガタマの木があったそうです。

そして、翌日にはさらに神社庁から連絡が入り、来年は神社庁発足50周年になるので、何か記念行事をして欲しいとの事であった。
是非『地之御柱』をその記念行事にしたいとの事で私に連絡とりたかったそうでした。
その事業を記念行事として、明治神宮で発表したいとのことでした。

結局3本の柱と、昭和天皇が大切にしたと言う倒れた桧と、6,000年前の縄文の遺跡からかつて引かれていた湧水の池への引き込み、そして周りの整備を入れると1,000万円を越える大事業に展開していました。

そんな事で、建立には新たな計画が必要になりました。

まず、明治神宮で発表する計画の主旨づくりです。
日本地図を広げると、昭和天皇の示した、新島と本州の両端を結ぶ線上で、下関の彦島との中間が鳴門になります。
そして、新島と諏訪の御柱を結び、さらに線を伸ばすと霊峰立山を通り、能登半島輪島の沖合の七つ島に至ります。
諏訪の御柱を中心として、日本海側能登半島に七つ島の神島があり、太平洋側伊豆半島に伊豆七島の新島があり、鳴門と結ぶと正三角形となります。

明け方にかけて建立の意義と計画書の作成をしていると、意識に現れたのは、かつて大陸との交流で日本海側が日本の表でしたが、現在では太平洋側が表です。
したがって、巨大プレートの結び目にあたる日本列島と、太平洋上の新島を結ぶと扇となり、その要点たる新島にクサビとしての〔地之御柱〕をたて建てて、地球大地の要たる日本列島の安泰を図ると同時に、裏に隠れている【日本】を鳴門を介して世界の表に出して、【太平の世】を開く成り成りて成る仕組みとして浮かびあがって来ました。

つまり、日本列島は世界のプレートの結びにして、地球大地の頂きであり、宇宙の気を地球に降ろし、広く世界に流す役目の地である。
したがってその使命は、世界人類を一つに結び、平和な世界を築く事にあります。

バブル崩壊は、まさに日本が100年にわたる世界の真似事を終わらせ、本来の日本の姿に立ち返り、世界を統べる天の役を果たす為のシナリオであった。

宇宙も地球大地も変革の時を迎え、世界を統べる日の本の、日出る東海の島、新島の地に天之御柱と地之御柱、そして人類の魂之御柱を合わせた『天地魂之御柱』を建立するは天の使命なり、とのメッセージが生まれました。

そのメッセージを携えて、神社の宮司さんを訪ねると宮司さんは東京に出て不在であったが、昭和天皇の使いから色々なお話しを聞いていた娘さんに、そのメッセージを読んで聞かせたところ、『昭和天皇が全く、同じ事をおっしゃっていました。』との事であった。

そして、時の来るまでその時を待つこと13年、平成20年10月21日〜23日の3日間の大事業となりました。
今まさに、世界も日本も、そして人類も未曽有の危機にさらされています。

*全国の聖地の環境エネルギーが低下していくなか、元々免疫13しかなかった新島の十三社神社の境内はかつての伊勢神宮境内並な免疫21に上がり、さらに年々行われる建立祈年祭によって、免疫24まで引き上げて行き、2012年12月22日を迎えました。