【大黒柱建立10年の軌跡】
平成3年1月3日比叡山延暦寺での人生の使命、目的『我れ日本の柱とならん 神よ全知全能の力を 与えたまえ』の気付きと宣言を経て、平成4年5月22日の諏訪の御柱との遭遇と御柱体験、そして現界をはなれ、神山神域を通しての天界との意識の交流の旅が始まる。
平成4年の夏、1ヶ月間の旅に入る。伊勢、熊野を巡って一旦鎌倉の自宅に戻り、再び白山登頂をかわぎりに、日本海を下り、九州を周り瀬戸内海を通って関東に入る。
8月30日、富士山にて諏訪の御柱との遭遇を与えてくれた霊能者とその精霊と、大阪の青年と三名で登頂をする。
そして9月の17日、その時の一連の霊的出来事を知る。

9,5号目山荘で一泊した。その時、八百万の神々が富士山山頂に集結し、コノハナサクヤヒメの神も汚れた衣をまとい山頂にたたずんでいたという。

そして、これからの前田の【国造り】の事業に神々全員が賛成したら、明日の朝、ご来光を見せると申されたそうです。しかし、私が水晶の勾玉の首飾りを掛けて登ったら実現しないとも言われたようです。

しかし、そんな話をしても私が信じないと思い、彼女はその精霊の話を伏せておいたそうです。
そして、翌朝山頂にに至るも朝焼けであかね雲は不動の状態でした。
すでに5回登ったと言う老人が皆のほうを振り向いて「私はこれまで5回登ったが、2回しかご来光を見ていません。昨年も今年と同様朝焼けで見えなかったです。ですから皆さん今日も…』、と言いかけた瞬間、首に掛けた水晶の勾玉の首飾りの紐が切れ、と同時に朝焼けの雲を突き抜けてご来光が輝きを放ちました。
「ウォーッ」と言う登山者達の一声にその老人も振り返り、感嘆の声を挙げました。

これが1ヶ月間の数々の不思議な出来事を経験した旅の終わりでの事でした。
しかも、新たなる人生の使命への始まりでもありました。

そして、かつての高所得者を相手の本物の耐久性、省エネに優れた健康住宅を、一般化し一般の人達の手の届く住まい造りの為の【規格型住宅】造りを計画するなか、平成5年炭素埋設事業とスカンジナビアホームとのドッキングがありました。
モルタルの蓄熱式温水床暖房の蓄熱層や地面に2,000sの炭素が使用された結果、高い温熱効果とオーラの放射が起こり、規格型住宅に取り入れる事になりました。
その際、エネルギーの活動を高める為、300sの炭素をさらに中心に埋設する事になり、かつてから、諏訪の御柱の影響で大地に穴を掘り礎石をおいて柱を立てるという考えがあり、突然ここに大黒柱として取り入れる事が決まったのです。

さらに柱を守るため炭素の他に数100sの天然セラミックを入れる事になりました。

規格型住宅の設計において、これまでの大屋根の50度の傾斜角度がピラミッドと同じ、51度52分という宇宙率に合わせられていました。
かつて、高い精神意識のあった頃の建造物は宇宙と大自然のリズムとバランスに調和した建て方が行われて来ました。
こうした事から、理想の住まいを追求するスカンジナビアホームの形状が自然の形になるのを待ちかねたように【大黒柱】が入って来たのです。
そして、あたかも大黒柱が主で、その為の社のような形になったのです。

そして、平成6年の夏富士山山頂に、不二真柱としての【天之御柱】の建立の確定した12月3日、琵琶湖近江八幡の地に天之御中主の神霊の導きにて第1号の大黒柱が建立され、“大黒柱のある家"【生体活性化住宅】の建築がスタートしました。

そして、10年の歳月を掛けて全国に120本の大黒柱と活性化住宅が作られ、さらに龍体日本列島脊柱の十勝岳山頂、富士山山頂、屋久島、与那国島に建立され、平成16年12月6日神武天皇が神の位を授かったと言われる飛騨の位山山頂において、10年間に及ぶ、世界の要にして大黒柱たる日本列島の安泰と再生復活の為の、磁場エネルギーシステム構築の事業完了の宣言を行ったものです。

そして、これらの建立事業において、神々の導きがあり、建立に際しては度々、台風や雷による祓い清めが行われて来ました。
【建立の軌跡】
日本列島は宇宙の気を大地に降ろす所であり、その霊峰、神山神域に大きな気が卸されます。
人類による環境破壊によって失われてゆく大山のエネルギーの能力を高め、さらに直接プレートに気を降ろすのが御柱、大黒柱の働きです。

山中に立つ大樹の免疫、生命力【17】に対し、大黒柱は【27〜30】、自然生命エネルギーは立ち木が【16】、大黒柱は【24〜29】である。