★設問1(2005年麻布大獣医学部問題。部分・改変)
 ミトコンドリアDNAやY染色体はヒトの移住を長い年月にわたって追従する際の材料となる。
 一例として、タイ北部のある地方についての調査で、婚姻や移住の風習とミトコンドリアやY染色体の
多様性との間に関連があることがわかった。似た気候で農耕を営み、婚姻の形態だけが異なる6部族のうち、
3部族は夫方居住婚で残りの3部族は妻方居住婚であった。
 妻方居住婚は婚姻後に、夫が妻の住居に移り住むもので、
夫方居住婚はその逆である。妻方居住婚は母系社会、夫方居住婚は父系社会ということもある。
 部族間での婚姻では、妻方居住婚の部族へ他の部族の夫が移住してくるが、夫方居住婚の部族へ他の部族の妻が
移住してくることになる。
 夫方居住婚の部族と妻方居住婚の部族ではそれぞれ、ミトコンドリアDNAとY染色体構成は、多様か種類が少ないか?







(考える)



・夫方居住婚(父系社会)−Y染色体の種類は少なく、ミトコンドリアDNAは多様である。
・妻方居住婚(母系社会)ーミトコンドリアDNAの種類は少なく、Y染色体は多様である。

解説
 部族は複数の大家族で構成されていることもあるが、簡略化のため1家系の家族を考える。




 









図にあるように、父系社会(夫方居住婚)では、青で記したように、祖父→父→息子とY染色体が一貫して同じもの
が受け継がれているが、ミトコンドリアDNAは他部族の妻が各世代ごとに入り多様となる。また娘は他の部族に「嫁に行き」、拡散していく。

一方、母系社会(妻方居住婚)では、赤で記したように、祖母→母→娘とミトコンドリアDNAは
一貫して同じものが受け継がれているが、Y染色体は他部族からの夫が各世代ごとに入り多様となる。
また息子は他の部族に「婿(むこ)に行き」、拡散していく。

一方、
非常に深く考えさせる良問であるが、誤解のないように追加解説する。ホモサピエンスがアフリカで誕生してから
20万年しかたっていない。したがって現生人類のミトコンドリアDNAの多様性は無限ではなく、30数種類である。
 日本人では9種類ぐらいと言われており、夫方居住婚で複数の部族の妻が来たからといって絶対に多様になっているとはいえない。

ミトコンドリアDNAは母系遺伝であり、ミトコンドリアDNAの変異を分析して系統樹を書くと世界の民族の系統樹が書ける。

(なお、余談であるが、日本人は無意識に父系社会にならされてきた。他にも社会通念で無意識に正しい
と思ってしまっていることは多い。それに対して世界の様々な家族の在り方や価値観を学んで、
日本人が無意識に身につけていた価値観を再検証することに役立つ学問が「文化人類学」である。
実際に(私もフィリピンにはいったが)皆さんも、大学に入ったら文化人類学を学び、アジアを旅して、価値観を再検証することをお勧めする。