今日は画像なしです。

09東海大医学部出題一部です。

アメリカのロックフェラー研究所のラウス(Rous)は、1911年にニワトリの伝染病の筋肉腫瘍(肉腫、sarcoma)について報告した。
ラウスは、農夫によって持ち込まれた肉腫を持ったニワトリから腫瘍を取り出した。
 腫瘍をすりつぶして得た抽出液を、別の若いニワトリに注射した。すると数週間後、そのニワトリの注射した部位にも新たな腫瘍が形成された。
また、その抽出液を濾過器に通しても感染能は消失しなかったことからウイルスが腫瘍化の原因であると考えられ、そのウイルスはRous Sarcoma Virus (RSV)と呼ばれるようになった。

ニワトリの胚組織を培養すると、正常細胞は培養面が細胞でいっぱいになれば増殖を止めるために単層となり、RSVに感染した細胞は、いっぱいになっても増殖を止めずに多層となる。

さらに、RSVにおいて、腫瘍化能が温度感受性になった変異株が分離された。この変異株が感染した細胞は低温で腫瘍化しているが、高温に移すと短時間のうちに正常細胞に戻ったのである。
これは、高温でRSVの変異タンパク質が変性したためであった。


RSVはRNAを含むウイルスである。RNAはDNAと異なり細胞中では非常に不安定であるが、RSVは感染細胞中に長期にわたって安定して存在する。
そのメカニズムは長い間謎であった。
1970年にテミンらのグループは、RSV粒子の中にRNAを鋳型としてDNAを合成する酵素(逆転写酵素)の存在を報告した。
そして、RSVのようにRNAと逆転写酵素を持つウイルスはレトロウイルスと呼ばれるようになった。

(b)レトロウイルスは細胞に感染すると自身のRNAを逆転写酵素によりDNAとし、感染細胞の核内DNAに入り込んで安定に存在し続けるのである。

その後、RSVは肉腫形成能のない通常のレトロウイルスよりも長いRNA鎖を持つことが報告され、この余分に長い領域に肉腫形成に必須な遺伝子が存在することが予想された。
前述の温度変異株では、この領域に塩基配列の変異が生じていた。この遺伝子はsarcomaを生じることに関係することからsrc(サーク)と呼ばれるようになった。
逆転写酵素を利用してsrc遺伝子に対する相補的DNA(cDNA)が合成され、DNAブローブとして用いられた。
DNAは相補的塩基配列に結合(ハイブリダイズ)する性質がある。
このブローブはRSV以外の腫瘍化能のないウイルスとはハイブリダイズしないため、src特異的であることが確かめられていた。
このブローブを用いて腫瘍化したニワトリの細胞などを調べていくうちに、驚くべき事実が明らかとなった。
このブローブは非感染細胞のゲノムDNAともハイブリダイズしたのである。
さらに、
(C)ニワトリだけでなく、ほかの多くの真核生物正常細胞のゲノムDNAともハイブリダイズした。

すなわち、正常細胞のゲノムには腫瘍の原因となり得る遺伝子があらかじめ組み込まれており、
この遺伝子の異常や不適切な発展によって腫瘍が生じると考えられるようになった。

問1.(b)に関し、感染細胞内のウイルスDNAから
どのようなメカニズムでRNAとタンパク質から成るウイルス粒子が産出されると考えられるか。句読点を含めて50字以内で説明せよ。

問2.(c)に関し、通常のレトロウイルスが持たないsrc遺伝子をRSVが持つようになった経緯について、句読点を含めて50字以内で説明せよ。

問3.ア〜オの知見の中から、RSVによる肉腫がRSVの持つ遺伝子によることを示す最も有力な根拠を1つ選び、記号で答えよ。
 
ア.RSVは肉腫形成能のない通常のレトロウイルスよりも長いRNA鎖を持っている。

イ.RSVに感染したニワトリ培養細胞は、培養面がいっぱいになっても増殖を止めずに多層となる。

ウ.RSV感染によって腫瘍化したニワトリ組織をすりつぶして得た抽出液を、別の若いニワトリに注射したところ、その注射した部位にも新たな腫瘍が形成された。

エ.腫瘍化能が温度感受性になったRSV変異株が分離され、この変異株に感染したニワトリ培養細胞は低温では腫瘍化しているが、高温に移すと短時間のうちに正常細胞に戻った。

オ.RSV粒子の中には、RNAを鋳型としてDNAを合成する逆転写酵素が存在する。





(しばし考える)



問1.ウイルスDNAが転写・翻訳されるとウイルスRNAとタンパク質が生産され、ウイルス粒子が構成される。

問2.感染時にウイルスDNAがsrcの近くに組み込まれ、ウイルス生産時にウイルスDNAと共に転写された。

問3.エ

●解説問3 本文に「温度変異株では、この領域に塩基配列の変異が生じていた」
「高温でRSVの変異タンパク質が変性」とあり、この遺伝子領域による「遺伝子の変異の有無→高温でのタンパク変性の有無→腫瘍の有無」と直接「遺伝子と腫瘍」
との関係が示されているのは「エ」のみ