2011.03.11 14時過ぎTU駅にて退勤。帰りの電車までの時間調整で控室にいると地震発生。新しくない鉄骨 造の駅舎が揺れる。尋常ではないのですぐに直 感で「中越地震か?」駅舎は古いしモルタルや 蛍光灯が落下してくる危険を感じ駅前ロータ リーに出るよう叫びながら自分も避難。 経験したことのない災害。残って待機する手も あるが明日からの非常に備えて帰宅することを 決意。 17時 後輩の車で3時間、一向に進まないのと先の見 えない道のり、申し訳ないので徒歩にて帰路 へ。3時間半歩いて自宅へ。 23時半 TVでは凄惨な光景が映し出されている。 くたくたで余震も続くが就寝。

2011.03.12
早朝4時起床。 災害対策本部はすでに設置され、「全て各駅停車、信号は全て手動に切り替え20〜30毎に運 転」と伝えられ早番の執務。

2011.03.13
宿直勤務。昼過ぎから同様のダイヤにて運転。

2011.03.14
計画停電により午前11時(以前時)を以って全 ての運転を取りやめる。 退勤予定は午前9:34
すでにマスコミで周知されていたので、間引き 運転+人が移動し始める+大鉄道会社は終日運 休。乗務18年、見たことのない凄まじい光景。 入場制限はしているが午前11時を以って営業終 了。混雑でドアが閉まらない。次の駅に着いて も殺人的すし詰めでドアが開かない。発車しても先行列車も同様 なので現駅にて待機する状態。 淡々と与えられた放送文を読んでいるが、定時 運行、といっても即席で作った非常ダイヤなので 定刻など存在しないが。

ストライキ・故障・事故・(想定しうる)災 害、これらは「仕方のないこと」なのだけれ ど、誰も経験したことのない大災害。
平々凡々とした日常を奪われた不良社員の 私。 行き先は終点のターミナル駅、なのだけれどど う考えても11時の時点までにたどり着けるとは 思えない。リズムよく運転・乗降が出来ないこ とに悔しくて涙が出てきた。
「男は涙見せるべからず」
泣き慣れていないので嗚咽になってしまった が、それでも情報の伝達として放送しなければ ならない。マニュアルを放棄して放送をするこ とにする。

この先の各駅に電車が停車していて出発するこ とができません。 発車したいのですが 次の駅まで到達することができません 運輸指令は僅か十数人で電車を全て 手動で管理し最大限努力しています

(もうこの辺で涙声、乗客が俺の方を見てる) 以下の改行スペースは声にならなくてボリュー ム最大でゆっくり確実にアナウンスしたため。

この電車を早く出発させ

みなさまを目的地まで

運びたいのですが 先行の電車が渋滞しているため許可が下りるま でしばらくお待ちください。

本当に申し訳ありません!

また 私の電車を利用して下さってるみなさま

錯綜する、混乱する情報

情報の収集には努めていますが、情報が乏しく 新しい情報を得ることができません。重ねて深 くお詫びいたします。 繰り返しの更新されない情報ですが、私が知り うる他社の運転状況についておしらせいたしま す。 (ボリューム大でゆっくりハッキリ話している が鼻水と涙声でまともな放送ではない)

中略(他社線の情報) 私の電車を利用して下さってるみなさま

不満もあるでしょうが 整然と譲り合って乗車していただき

本当に感謝しています!ありがとうございま す!深く、深く御礼申し上げます。 尚、私ができうる限り最大限努力しますが皆様 を目的の駅まで

悔しいのですが

お届けすることができないかもしれません。 重ね々々ですが深くお詫びいたします。

そんな放送を繰り返していた。

(運転再開)

みなさま

この先

目的地まで大変かと思いますが 地震も頻発しています

どうか気をつけて

無事に目的地まで到着出来ます事を

願っています。繰り返しですが

協力的に整然と乗車していただけたこと

深く感謝いたします。ありがとうございまし た。(涙でほとんど声になっていなかった)

乗り換えられる主たる乗降の多いF駅に到着 20人ぐらい老若男女がこっちに来る。通常なら 所要15分のところ50分かかった。 文句の一つも言われることを覚悟していた。

車掌さん! 大変な時に届けてくれてありがとうな!がん ばってね! 親切な放送分かりやすかったわよ!がんばっ て! こんなときだからさ、がんばろう!

声 声 声

Y駅は構造上階段が中央なのに前の方から初老の 女性がわざわざ声をかけに来くれた。

さっきまで不甲斐なく悔しくて涙が出てきてた のだけれど、 感謝とか。。。。ありがたくて泣けた。

ここまでが編集したけど去年のブログ日記。後年「こんなこともあった」と見直せればと思い記した。

後日談がありまして日記にしていなかっけれど 2011.03.15 メールが届いた。

結局ターミナル駅まで行けずTA駅で運休が決定 されたけど、乗り継ぎの列車が「行ける所まで 行く」となったらしい。 TA駅でもやはり多数のありがたい言葉をかけて いただいた。 ややタイミングをずらして一人の青年が 「ほんとうに、ここまでありがとうございまし た」と深々とお辞儀をしたのを今でも覚えてい る。 写真の礼状は恐らくあの青年だと思う。